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観光

電子地域通貨、町民も観光客も使いたがる仕掛け次々

静岡県西伊豆町

地域

静岡県

人口

1万人未満

観光客半減の危機感から出発…年17億円の流通規模に

伊豆半島西海岸の中央部に位置する西伊豆町は、人口6,700人余(2024年9月時点)。海岸線沿いの美しい景観や古くからの温泉郷を目当てに、首都圏などから年間60万人近い観光客が訪れています。町民の多くは観光業や観光関連の仕事に携わっており、新型コロナウイルス感染症が流行した際には町の経済は大きなダメージを受けました。そこで町が実施に踏み切ったのが、独自の「電子地域通貨(サンセットコイン)」事業です。町内での経済循環を目指してスタートした地域通貨ですが、今では町民を中心に広く使われ、流通額は年間17億円規模に上っています。

西伊豆の風景
西伊豆の風景

「町内でお金を使ってもらうにはどうしたらいいか、考えた末の結論が地域通貨でした」西伊豆町産業振興課観光商工係の名倉勇太主事は、地域通貨をスタートさせた経緯についてそう語ります。2020年、新型コロナウイルス感染症の流行で、町の経済を支えていた観光客は半減。町内の店舗の多くは観光消費に依存しており、住民は、日常的に隣接する自治体にある大きなスーパーマーケットや近隣のショッピングモールを利用することが多い状況でした。

「このままでは、お金が町外に出て行くだけになってしまう」。そんな危機感から、地域通貨導入を急ピッチで検討。わずか2か月の準備期間で地域通貨の実装をスタートさせたのです。システムは、企業が販売している既存のシステムを検討し、「ふるさとチョイス」の運営などで知られる「株式会社トラストバンク」が提供する地域通貨プラットフォーム(CHIICA)をそのまま採用することにしました。

準備期間わずか2カ月 職員総出で加盟店掘り起こし

もともとあるプラットフォームを使うといっても、2か月で実装までできた背景には、新型コロナウイルス感染症の流行前から導入を真剣に検討してきた経緯がありました。ただ、店に設置する決済用スマホや通信料、住民用カードやアプリ開発など導入にかかるイニシャルコストは700~800万円。反対意見もあるなかで、検討を続けていたところ、新型コロナウイルス感染症の流行で風向きが大きく変わったのだといいます。

町長の指揮で急きょ導入が決まってからは、役場を挙げて取り組みました。役場の職員は100人強ほどですが、部署をまたいでその半数にあたる約50人からなるプロジェクトチームを結成。「使える店が少なければ、地域通貨は広がらない」という認識を共有し、人海戦術で職員が町内の飲食店やドラッグストア、コンビニ店舗などに足を運び、導入を働きかけました。初めは「(決済用の)スマホが使えないから」と断る店もありましたが、職員の熱意もあり準備期間の2か月で加盟店は、約100施設まで増えました。財源には、内閣府の新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金を活用。通貨単位は、「日本一の夕陽の町」にちなんで、「ユーヒ」(1ユーヒ=1円)と名付けました。

サンセットコインカード
サンセットコインカード

全住民にカード、ポイント豊富に 「使うと得」印象づけ

「どうすれば日常的に使ってもらえるだろうか」

加盟店をそろえるだけでなく、ほかにも「使ってもらう」ための大きな仕掛けを作りました。通貨はカードとアプリの両方がありますが、これを住民基本台帳のデータと紐づけ、コロナ禍の経済対策として、お年寄りから赤ちゃんまで住民全員に1万ユーヒを付与したカードを配布したのです。国が第一弾のマイナポイント事業を発表した際には、マイナカードを取得して2万ユーヒのチャージをした人にはマイナポイントとして5,000ユーヒが付与されるという国の事業に加え、町からも5,000ユーヒを追加付与することをPRして、町内に消費を囲い込みました。

その後も、新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金や過疎対策事業債を原資に10%や5%といった還元ポイントキャンペーンを毎年のように実施し、「『地域通貨を使うと得をする』という印象を、大人から子どもまで持ってもらえたのではないでしょうか」と名倉さん。加盟店からも「お金に触らずに済む」「細かい小銭がいらない」と好評で、加盟店は2024年度夏までに170店舗ほどに増えたといいます。

サンセットコインを使う客
サンセットコインを使う客

釣果を市場が地域通貨に交換 釣り客は飲食に使用可能

こうしたキャンペーンと並行して2020年9月からは、観光客が釣った魚を、町の産地直売所「はんばた市場」でユーヒで買い取る、「ツッテ西伊豆」という新しい取り組みも始めました。まず、はんばた市場と提携している釣り船を予約してもらい、観光客に釣りを楽しんでもらいます。予想以上に魚が釣れるなどして持ち帰らない分は、船長の指導に従って客自らが血抜きなどの処理を行って鮮度を保ち、船長がツッテ西伊豆の「参加証明書」を発行。客が証明書とともに魚を市場に持ち込めば、その場で値付けされ、買い取る仕組みです。

魚は市場で加工して販売されたり、飲食店に買われたりします。買い上げは、1人あたり2,000~2,500ユーヒほどのことが多いですが、中には8,000ユーヒに上る釣果を持ち込む人もいるそうです。

付与されたユーヒは、そのまま市場でお土産を買うのに使われたり、町内の飲食店で使われたりすることが多く、漁師不足に悩む漁業をちょっぴり支えるとともに、ユーヒの消費拡大の両方に貢献しているといいます。「はんばた市場の平日の売り上げは10万円ほどですが、使われる通貨の半分はユーヒ。住民に関してはほぼ全員がユーヒを使っています。土日は観光客が多いですが、観光客にも還元ポイントキャンペーンは適用されるので、3分の1はユーヒが使われています」と、市場の店長を務める「地域おこし協力隊」の大政勇太さんはユーヒの流通状況についてそう話します。

はんばた市場で語る大政さんの様子
はんばた市場で語る大政さん

交付金使わなくても利用され続ける工夫を

こうした多彩な仕掛けが効を奏し、地域通貨ユーヒの流通規模は年々拡大しています。ユーヒ導入の初年にあたる2020年度は、町が住民に付与した分も含め、流通額は2億2,200万円ほどでしたが、3年目の2022年度には15億円を超え、2023年度は17億円に達しました。地域振興券のような紙の商品券スタイルと異なり、印刷費や事務作業を抑えられたことも流通がスムーズに進んだ要因だったといいます。

サンセットコインの流通額のグラフ
サンセットコインの流通額。年々拡大している
サンセットコインカードをPRする名倉さん
サンセットコインカードをPRする名倉さん

今後は、拡大した流通規模をいかに維持していくかが課題です。これまで新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金や過疎対策事業債でキャンペーンを実施して流通を促してきましたが、そうした財源がなくてもサンセットコインを使ってもらう仕組みを考える必要があります。

「スタートに際しては、人のつながりをたどって、とにかく店舗数をそろえたのが功を奏しました。人のつながりが濃い、小規模な自治体だからこそうまくいったのではないでしょうか」と、名倉さん。今後も「還元10%とはいきませんが、何かしらキャンペーンを行い、使ってもらう工夫を続けたいです。住民の情報ともつながっているので、健康づくりと結びつけたり、町の給付をユーヒで行ったりする仕組みも考えていきます」と話しています。

今後もサンセットコインを使ってもらう工夫を打ち出していく
今後もサンセットコインを使ってもらう工夫を打ち出していく

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