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住民生活

高齢化進む大規模団地 デジタルの力で安心住まいに

横浜市旭区

入居から45年の横浜若葉台 高齢化率は55%

神奈川県住宅供給公社が開発した横浜市旭区の「横浜若葉台団地」は、東京ドーム19個分の敷地に73棟が立つ大規模な団地です。横浜といえば都会のイメージがあるかもしれませんが、多くの区で人口が減少に転じています。市西部の旭区にある若葉台団地は1979年の入居開始から45年がたち、高齢化率は55.4%(2024年9月)に達しています。今後も高齢化が進むことが予想される中、電波を使って個体を識別するICタグ、画面付きスマートスピーカーなどを使い、見守りコミュニティーの環境整備、電動カートによる移動支援などに取り組んでいます。

若葉台団地の様子
若葉台団地の中心部にはイトーヨーカドーや専門店が入るショッピングタウンもある

スマートスピーカーとの会話「心地よい」

「エコー、日本の昔話を話して」。若葉台団地内にある交流スペース「Wakka(わっか)」で、若葉台連合自治会の菅尾貞登会長が、画面付きスマートスピーカー「アマゾンエコー」に話しかけました。すると、アマゾンエコーはオリジナルの昔話をスラスラと語り始めました。菅尾さんは「アマゾンエコーとの会話は思った以上に心地よいです」と話します。

Wakkaには、アマゾンエコーのほか、防災情報や生活情報を自動的に知らせる「テレビ・プッシュ」サービスが使える画面やサイネージ、高齢者の移動をサポートする電動カート「JOY cart(ジョイカート)」も置かれ、住民が使えるようになっています。いずれも総務省の「令和5年度地域課題解決のためのスマートシティ推進事業」で使用を始めた道具です。

アマゾンエコーに話しかける菅尾さんの様子
アマゾンエコー(手前)に話しかける菅尾さん。奥は「テレビ・プッシュ」サービス用の画面

横浜若葉台団地は、1979年3月に第一期の入居が始まり、病院や銀行、学校、ショッピングセンターなどが次々とオープン。東京都心へもアクセス可能な人気の団地のため住民が増え、1990年には人口が2万人を突破しました。しかし、その後は少子高齢化が進み、2007年に小学校が3校から1校、中学校は2校から1校に統廃合されました。現在の人口は約1万2,800人で高齢化率は約55%になり、後期高齢者の比率も3割を超えています。

団地中心部にあるショッピングタウン
団地中心部にあるショッピングタウンには様々な専門店がある

約50の団地擁する横浜市 郊外空洞化に危機感

今回の事業は、「一般社団法人コンパクトスマートシティプラットフォーム協議会」の江川将偉代表理事が2022年頃、横浜市に持ち込んだことから始まりました。同協議会は、スマートシティ分野の技術を提供する企業、スマートシティを推進する地方公共団体など計103者(2024年11月時点)で構成し、スマートシティに関する技術・サービスを地方公共団体に提供しています。江川さんは大阪府豊能町などでスマートシティ推進事業に携わっており、かつて別の案件で関わりを持った横浜市にスマートシティについて提案しました。約50の団地がある横浜市としても住民の高齢化、空洞化に危機感を持っています。横浜市デジタル統括本部の福田次郎担当部長は「横浜市は地域DXをテーマに掲げています。地域をデジタルで底上げし、地域の担い手を応援できるようデジタルの基盤を用意したいと常々思っていました。そこに江川さんからお話があり、ぜひ横浜でもとお答えしました」と振り返ります。市郊外では空き家が増えている地域もあり、福田さんは「横浜はみなとみらいのような最先端の街のイメージがあるかもしれませんが、郊外の住宅地は空洞化で課題が始まっているので、解決していかないと大変なことになります」と話します。

同協議会が提案した「ICタグビーコン活用スマートシティサービス」は、「誰一人取り残されない」を掲げています。スマートフォン(スマホ)を使えない高齢者でもサービスが受けられる仕組みとして、「株式会社otta」(福岡県福岡市)が開発したICタグの見守り端末や、音声で操作できるアマゾンエコーなどを活用します。

見守りタグ配布、電動カート配備で安全・快適な外出

見守り端末はお守りのような袋を含めて12グラムという軽さです。若葉台団地では計100個を高齢者や子どもたちに配りました。団地内の30か所に設置された受信機の近くを通過すると、スマホのアプリケーションなどで確認することができます。連合自治会の菅尾さんは「認知症の人が増えることが予想されるし、その家族にとってはこれがあると安心です。最近は路上で転倒する事故が増えていますが、人のいない道で動けなくなっても、最後にいた地点が分かるのでその付近を探すこともできます」と見守りサービスに期待を寄せます。

小型の見守り端末
小型の見守り端末(右)。左側のお守り袋に入れて使う
団地内に設置された受信機
団地内に設置された受信機

丘陵地を開発した若葉台団地には坂道が多く、徒歩での移動が困難な人もいます。今回の事業では、高齢者の移動を支援するため電動カートを20台導入しました。運転免許不要で、最高速度は歩くより速い6km/h。Wakkaと約800m離れた交流施設の2か所にカート置き場を配置したほか、1か月単位で希望者に貸し出しています。「認定NPO法人若葉台」の白岩正明理事長は「坂道でも楽だし、夏の暑い時は歩くよりも快適。移動が困難な人にとって有効な手段だと思います」と語ります。外出に抵抗があった認知症の男性が電動カートで気軽に出かけるようになった例もあるそうです。今後は貸し出し・返却スポットを増やしたり、ICタグを活用して位置情報を管理したりすることも検討されています。

電動カートに乗る認定NPO法人若葉台の白岩さんの写真
電動カートに乗る認定NPO法人若葉台の白岩さん

画面付きスマートスピーカー「アマゾンエコー」は30台を取り入れ、希望する家庭で使われています。スマホを使えない高齢者や料理などで手が離せない人も、話しかけることで必要な情報を手に入れることができます。「しゃべるという行為がなくなると認知機能に影響が出る可能性があるので、特に独り暮らしの人にとってはありがたいサービスだと思います」と菅尾さん。防災情報や電車の運行状況や天気といった生活情報をテレビの画面と音声で知らせる「テレビ・プッシュ」サービスも希望する家庭に提供されています。このほか、子どもたちと高齢者がeスポーツで交流するプログラムも展開されています。

補助金は1年限り 会費制でのサービスを想定

事業をスタートした2023年度のイニシャルコストは2億2,000万円で、同協議会が1億1,000万円を投資、残りの半分は総務省の「地域課題解決のためのスマートシティ推進事業」の情報通信技術利活用事業費補助金を充てました。年間の運用コスト約2,000万円は同協議会が負担しています。現在、提供されているサービスは無料ですが、2025年度からは有料化していく予定です。同協議会の江川さんは「5年間の事業ですが、総務省の補助金で1年目の立ち上げ予算を賄ったら、そこから先は独り立ち。我々の事業プランは受益者負担モデルなので、受益者が対価を支払うという形にしないと維持できません。お金を払っても利用したいと思ってもらえるサービスを提供できるかが鍵です」と説明します。サービスを受ける各家庭が月額1,500円~2,000円程度の会費を払うことを想定し、遠隔医療相談サービスの導入も議論されています。

住民からの期待が大きいのは、電動カートでの移動と高齢者の見守りサービスです。見守りはICタグの端末のほか、アマゾンエコーが高齢者に話しかけて反応がなければ関係者に通知がいくようなサービスも検討されています。「2025年を過ぎると、家族や友人だけで見守りすることが難しくなるという危機感があります。デジタルも駆使して見守りの精度が上がることに期待しています」と白岩さんは話します。

週次ペースで関係者が議論

今後、どのようにサービスを展開し、いかに自走させていくか、毎週火曜日にWakkaで関係者が議論しています。同協議会や認定NPO法人若葉台、若葉台連合自治会、「一般社団法若葉台まちづくりセンター」などの担当者が顔を合わせます。アマゾンエコーのシステムを担当する「株式会社NTTデータ」(東京都江東区)、テレビ・プッシュを提供する「イッツ・コミュニケーションズ株式会社」(東京都世田谷区)、電動カート製造・販売の「株式会社NOAA」(東京都中野区)といった企業の担当者も交え、現状を報告したり改善点を話し合ったりしています。

関係者が改善点を議論している様子
定期的に関係者が改善点を議論している

菅尾さんは「2025年以降、元気だった人が元気でなくなってくるかもしれませんが、この街が元気でいたいという強い欲求があります。デジタルが自分たちの生活を維持することに十分資すると思うのでうまく使っていければ」と話し、白岩さんも「デジタルをうまく使いながら社会参加やいきがい作りにつながれば地域として利用する価値があると思います」と期待を寄せています。

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