震災からの復活期す
東北や北関東、新潟をつなぐ交通の要衝として栄えてきた福島県会津若松市。会津盆地のほぼ中央に位置する城下町で、観光や農業のほか、酒や漆器といった地場産業が市民の生活を支えてきました。その状況を一変させたのが、2011年3月11日の東日本大震災でした。風評被害もあいまって、主要な産業であった農業や観光業が打撃を受けるなか、市が復興をかけて挑んだのが、スマートシティの取り組みです。市が持つ様々なデータを連携させる「デジタル情報プラットフォーム(基盤)」整備にいちはやく取り組み、今もこの分野のトップランナーとして地域通貨や交通、医療など多彩な分野でのDXの取り組みが進められています。
市や民間のデータを集積する土台づくりから
「会津を新しいビジネスモデルを作る『実験の場』にすることで企業を呼び込み、市は最大限、その実験に協力するという仕組みです」。会津若松市企画政策部の佐々木智昭副参事は、同市のスマートシティの進め方についてそう説明します。
出発点は震災直後、少しずつ日常が戻り始めた2013年2月。「復興」から一歩進んで、デジタルの力を活用して地域経済の底上げを図ろうと、市が新たに掲げたのが「スマートシティ会津若松」というまちづくりの方向性です。ICT等を活用し、将来に向けて持続力と回復力のある力強い地域社会、市民が安心して快適に生活できるまちを目指すという目標を掲げたのです。
それまで会津若松市では、震災直後に協定を結び復興支援をしてきた「アクセンチュア株式会社」を中心に、ICT専門大学である「会津大学」や地元企業有志が集まり、2012年に産学の協議会を設立し、ICTを活用した地域の課題解決を目指していました。
市はこの動きを後押しする格好で、「スマートシティ会津若松」という方向性を掲げ、ICT関連企業の誘致や集積を積極的に進めたのです。スマートシティの取り組みの中核には、当時の先進事例となる「データ連携基盤」を据えることを考えました。市内に誘致した様々なICT関連企業が、市が持つ様々なデータや民間や個人のデータなどを、本人の活用承諾のもとで共通のプラットフォームを通して、医療や観光、教育など様々な分野で活用できるようにするアイデアです。企業が提供する様々なサービス間の連携により、新たなサービスを創出し、また持続性のある基盤(プラットフォーム)運営を目指しました。
当時、このアイデアを実現するシステムがなかったため、会津若松から「モデル」を構築していこうと取り組みがスタートしました。アクセンチュア株式会社が中心となり、データを連携させるための機能を持つ基盤を開発。2015年12月には、この基盤を活用し、個々の市民の属性情報に合わせて、地域の情報をインターネットで発信する「会津若松+(プラス)」がスタート。翌年には、市が委託している除雪事業者から得られる除雪車の位置データを利用し、除雪車の走行情報をほぼリアルタイムで見ることができる「除雪車ナビ」も始まりました。2017年度には、総務省「データ利活用型スマートシティ推進事業」に採択され、会津大学発ベンチャーなどの民間企業が、基盤を通してアクセスできるデータを活用したアプリケーション(アプリ)開発用のAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を整理したポータルサイトも整備。「民間ベースでデータ活用を進めていくための土台ができました」と佐々木さんはいいます。
40社以上がオフィス開設、新サービス創出に挑む
加えて、会津若松市では、ICT関連企業の集積に向け、本社機能の一部移転などが実現できるよう、サテライトオフィスの整備にも取り組みました。その切り札として整備したのが、ICTオフィスビル「スマートシティAiCT」です。都心部と遜色のない環境を整備し、産学の協議会と、それを市が後押しする体制、関係者の熱量が大手企業を動かし、2021年8月には36社が入居し満室となりました。産学の協議会の取り組みを継承する形で、「スマートシティAiCT」の入居企業が中心となり、2021年6月にスマートシティのプロジェクトを実行する組織「AiCTコンソーシアム」を設立。AiCTコンソーシアムと市、会津大学の3者で基本協定を締結し、2022年度に国のデジタル田園都市国家構想推進交付金(デジタル実装タイプTYPE3)にも採択されました。その交付金を活用し、AiCTコンソーシアムが主体となって、観光や食・農業、防災、健康・医療関連のサービス、デジタル地域通貨の仕組みなど、データ連携基盤を活用した多彩な分野で取り組みを展開。2024年まで、3年連続で、デジタル実装タイプTYPE3事業として採択されるなど、先進的な取り組みに挑み続けています。
2024年時点で、入居企業や地元企業、関心を持つ都心部の企業など、あわせて約100社がコンソーシアムに参加しており、新サービス創出に挑む一大拠点となっています。
「民間企業からみれば、新しい試みを始める際に、市や地元医師会や商工会などと相談でき、協力を得られる土台がしっかりと整備されているのは大きい」。アクセンチュア株式会社のシニア・マネージャーで「一般社団法人AiCTコンソーシアム」の村井遊プロジェクトマネージャーは、数多くの企業がこの地に集まる理由についてそう指摘します。
AiCTコンソーシアムには、ものづくりやヘルスケア、決済など16のワーキンググループがあり、首都圏などの大企業や地元の企業・団体、大学、市の担当課などが直接話しあい、産官学で協力しあえる体制になっています。
「会津コイン」事業 市や地元団体が普及へ一丸
たとえば、デジタル地域通貨「会津コイン」は、東京に本社がある「TIS株式会社」がアプリを作り、コインの発行・管理は「株式会社みずほ銀行」が担っていますが、市もユーザー団体として積極的に活用し普及を支援しています。2023年の「会津コイン」サービス開始に合わせて、市はそれまで取り組んでいた紙のプレミアム付き商品券の発行ではなく、1万円の会津コインで1万2,500円分のポイントがもらえるプレミアムポイント事業を実施しました。その際には、会津コインの企画を担うAiCTコンソーシアムが地元商工会や商工会議所とも協力し、400か所を超える店舗でポイントを使える体制も整えたといいます。
加えて、市の主導で、高齢者らに会津コインの使い方を伝える説明会や勉強会も開催。また、地元金融機関も店舗内に操作説明のブースを設けるなど、地域の関係者が一丸となってプレミアムポイント事業に尽力。こうした支援が功を奏し、6,682人のユーザーが自身のスマートフォン(スマホ)を使ってプレミアムポイントを購入し、そのうち60~70歳代が3割を占めました。2024年10月時点でユーザーは1万人以上となっています。同市一箕地区八幡町内会の区長を務める芳賀誠子さんは「市の細やかな取り組みはとてもありがたい。
勉強会やスマホでのやりとりをきっかけに、困っていることがないかなど新たな地域課題を見付けるきっかけにもなっています」と話します。
稼働サービスは20超 自走目指し横展開図る
2024年現在、市のデータ連携基盤から誕生し稼働しているサービスは20を超えました(2024年4月現在)。それをどう使い続けてもらうか、どうすればビジネスとして自走できるかといった課題は残っており、「他市町村への横展開も見据え、実装・自走を目指し、会津地域を実験場としてトライ&エラーを繰り返して改善を重ねている状況です」と、村井さんは説明します。
それでも、他の地方公共団体に横展開する事例が少しずつ出始めています。会津若松市のプラットフォームをベースにしたデータ連携基盤が2023年度から、福島県の旗振りで県内市町村に広がり始めました。人口規模などにもよりますが、単独の地方公共団体で導入しようとすると年間1,000万円程度の維持費がかかるところを、県内地方公共団体で共同利用することで1地方公共団体あたり数十~数百万円程度の負担額まで抑えることができたといいます。2023年度は会津若松市を含め県内の6地方公共団体が導入。2024年度は28の市町村に広がりました。ほかにも、市とAiCTコンソーシアムが発起人となり、全国各地の地方公共団体と情報共有し、取り組みの横展開を目指す「横連携型スマートシティ推進コンソーシアム」も2022年に発足しました。
震災から10年超。市が掲げた目標『「暮らし続けたいまち」会津若松』に向けた挑戦は少しずつ前進しています。「スマートシティ会津若松で取り組む①魅力的なしごとづくり②快適で安全・安心な暮らしの実現③データによるまちの見える化――という3本柱の取り組みを進め、目標を実現させるため、産官学で力を合わせ、会津で生まれた多彩なサービスを盛り上げていきたい」と佐々木さんは話しています。