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医療・福祉・健康

見守りカメラで犯罪減らした課題解決力 DXも着々

兵庫県加古川市

選んでもらえる町へ 導入6年で犯罪4割減

兵庫県加古川市は、人口25万人(2024年11月現在)の都市で、大阪や神戸のベッドタウンとして栄えてきました。その一方で、2017年に刑法犯認知件数は年間2,926件、県内ワースト2位を記録。凶悪事件も発生し、市民の「安全・安心」をどう守るかが喫緊の課題だったといいます。そこで、市は同年度、「見守りカメラ」を市内のあちこちに設置する取り組みをスタートさせ、刑法犯認知件数を6年で4割減らすことに成功しました。安全・安心のまちづくりを進めるため、データ連携や市民の声を政策に反映させるプラットフォームの整備などの取り組みも進めています。目指しているのは、市民のニーズを中心に据えた課題解決型のまちづくりです。

市内に設置された見守りカメラの様子
市内に設置された見守りカメラ(加古川市提供)

プライバシー配慮など丁寧に説明 住民99%賛成

「凶悪事件の影響もあり、治安に対する不安の声は大きく、一刻も早く『安全・安心』を実現しないと、住む町として選んでもらえないという危機感がありました」加古川市生活安全課の大崎隆裕課長は、見守りカメラを導入した当時をそう振り返ります。増え続けていた人口は2005年を境に横ばいとなり、ゆるやかな減少傾向も見え始めていました。

「市内に見守りカメラを設置してはどうか」。24時間体制でカメラを稼働させ、有事の際には警察にも映像を提供できるアイデアが役所内で浮上したのはそんな時でした。

当時、市内に28区ある小学校区などに見守りカメラ1,475台を設置する2年計画を練りましたが、導入コストは5億3,000万円。プライバシーにかかわる課題も懸念されていました。それだけに、市民の理解を得ようと、岡田康裕市長自らが各地区の公民館に足を運び説明して回り、アンケートを実施。「99%の住民が見守りカメラ導入に賛成している」という結果を踏まえ、最終的に設置に踏み切りました。プライバシーに配慮し、映像の保存期間は最長14日間とし、犯罪や災害時など限定した目的に限り、警察に映像を提供することも条例で定めました。説明会や条例制定といった丁寧なアプローチにより事業はスムーズに進みました。そうしたアプローチの手法や住民との向き合い方などが、スマートシティ実現に向けた取り組みとして注目されるようになりました。

加古川市生活安全課課長の大崎さん
加古川市生活安全課課長の大崎さん

企業と連携 子どもや高齢者の見守りサービスも

BLEタグを活用した見守りサービスの概要図
BLEタグを活用した見守りサービスの概要図(加古川市提供)

また、見守りカメラには、BLEタグと呼ばれるビーコン端末から発信される電波をとらえて識別する装置も搭載しました。ビーコンを使って「見守りサービス」を展開している「綜合警備保障株式会社(ALSOK)」など企業3社と協定も締結。子どもたちに各社のビーコン端末「見守りタグ」を持たせることで、どのカメラの近くを自分の子が通過したのか、ほぼリアルタイムで家族が把握できるサービスも提供しています。検知できる地域を広げるため、公用車や郵便車両約500台にも検知装置を搭載。市と企業がサービス費用を折半する形で、小学1年生の間は無料で利用できるようにしたところ、1年生の約4割がサービスを利用しているといいます。「保護者の方からは『どこにいるか分かるので安心できる』と好評で、サービス利用者のうち6割は2年生以降も有料サービスに切り替えて利用を続けています」と、大崎さん。サービス対象は子どもだけではありません。認知症の高齢者も費用負担なしで利用できるようにしたところ、サービスを利用している高齢者うち、行方が分からなくなった方の6割以上が見守りタグで早期発見できたという成果につながりました。一般市民のスマホが検知装置になるアプリケーション(アプリ)も開発し、より広範囲できめ細やかな見守りに取り組んでいます。

「犯罪」音声をAIで判断 死角の犯罪にも有効

見守りカメラの効果検証や、その改善にも乗り出しています。2021年度には犯罪が発生した場所とカメラの撮影範囲を3D地図上で重ね合わせ、「犯罪はカメラの死角で発生していることが多い」ことを突き止めました。

高度化見守りカメラの写真
高度化見守りカメラ

これを受け、翌2022年度、悲鳴や怒声といった犯罪につながる音声をAIで分析できる高度化見守りカメラ150台を導入。犯罪につながりそうな音声だと判断されると、「見守りカメラ監視中です」という警告とともにカメラに取り付けられている回転灯が稼働する仕組みです。加えて、うち50台にはAIがリアルタイムで映像を分析し、車が人に接近すると「車が近づきます。ご注意下さい」などと音声で注意を促す交通事故を防ぐ機能も付け加えました。2023年度には、市内での交通死亡事故の増加を受け、交通安全の見守りに特化したカメラ3台を事故が多発する場所に増設しました。

こうした取り組みが功を奏し、取り組みを開始した2017年に3,000件近くに上っていた刑法犯認知件数は6年で1,752件(2023年)まで減少。「見守りカメラがあることに加え、それを周知することで、犯罪の抑止につながっているのではないか」と大崎さんは指摘します。

カメラ位置などデータ連携、スマートシティを推進

「安全・安心のまちづくり」という課題解決を進めてきた加古川市の取り組みは、いま様々な分野に広がり始めています。

その土台となっているのが、見守りカメラと並行して2017年度に整備した、データ連携基盤です。整備には、総務省の「データ利活用型スマートシティ推進事業」を活用し、データの相互利用や管理などができるFIWARE(※)と呼ばれるプラットフォームを使いました。見守りカメラの設置位置や、防災分野の情報など複数分野のデータを連携させて利活用を図る仕組みで、学識経験者、市民代表などで構成する「加古川市スマートシティ推進協議会」や外部の意見を吸収する場として、産学民官の多様な主体が参画する「加古川ICTまちづくり協議会」との連携により取り組みを進めてきています。2021年度には「加古川市スマートシティ構想」も策定。課題解決の重視や、データの取り扱い、実装につなげるための基本的な考え方を整理しました。

2020年に導入した、市民の声を聞き、施策に反映させるための仕組み「Decidim(デシディム)」も課題を把握し深掘りする仕組みの一つです。Decidimは、スペイン・バルセロナで生まれた市民参加型の合意形成プラットフォームで、ウェブ上で市民が施策に関するアイデアを提案したり、議論したりして合意形成につなげます。新型コロナウイルス感染症の流行で集会など対面機会が減少したのを機に、「一般社団法人コード・フォー・ジャパン(Code for Japan)」の協力を得て、国内で初めてこのシステムを導入。施設の名称決定や、イベントアイデアの募集、JR加古川駅周辺のにぎわいづくりなど、市民のニーズや意見を収集するツールとして活用しています。「利用者の7割以上が30歳代以下。ニックネームでも投稿できるので敷居が低く、オフラインイベントなどリアルな議論の場も合わせて活用することで幅広い年代から多様な意見を聞くことができると考えています」と、加古川市デジタル改革推進課の陰山大輔スマートシティ推進担当副課長は言います。

※FIWARE(ファイウェア)・・・EUの次世代インターネット官民連携プログラムで開発・実装された基盤ソフトウェア

「Decidim」の使い方の図
「Decidim」の使い方(加古川市提供)

課題解決に向けた意識醸成 DXの土台に

加古川市が、様々なDXに取り組める背景には、Code for Japanとともに進めてきた人材育成プログラムも功を奏しています。市役所入庁後や3、5年目のほか、係長になるタイミングで自らの業務の課題を見つけて解決策を考える研修や、業務改革・住民サービス向上につながる事業を関係課で集中的に検討し翌年度の予算要求につなげるプロジェクトへの伴走支援を行うことを通じて、「課題解決」に取り組むマインドを職員同士が共有することができているといいます。

「職員に業務改善に積極的なマインドがあったのが加古川市の強みでした。それを生かすことができるように、『デジタルに関する研修を何人に実施する』といった表層的なことではなく、既存の研修・事業提案制度がうまく機能するような人材育成プログラムに再編することが、転換点になったと思います。それを自ら認識して実施できた加古川市において、デジタル活用を含めた新しい提案が職員から出てくるのはある意味当たり前のことで、(こうした人材育成は)より本質的な取り組みだといえます」と、Code for Japanの東健二郎さんは指摘します。

安全・安心のまちづくりを進めるために導入した見守りカメラは、運用から7年目を迎え、2023年度から順次、交換作業に入っています。入れ替えにかかる費用は約7億円ですが、市民からの反対はほぼなく、「近所にもつけてほしい」という要望が数多く寄せられています。「犯罪件数が減ったという成果をきちんと検証し説明し続けてきたことで理解を得られたのではないかと考えています」と大崎さん。

加古川市デジタル改革推進課スマートシティ推進担当副課長の陰山さん
加古川市デジタル改革推進課スマートシティ推進担当副課長の陰山さん

同市の成果を踏まえ、近隣の地方公共団体も見守りサービスを始めるほか、広域連携の検討も始まっています。「本市の様々なデジタル技術を活用した取り組みは、スマートシティ実現のために実施したのではなく、市民の安全・安心に対するニーズを満たし、皆さんが幸せを実感できるよう、『市民』『課題解決』を中心に進めてきたものです。スマートシティの推進やデジタル技術の活用を目的とするのではなく、市民目線でどういったメリットを生み出し、地域課題を解決できるサービスを実装できるかが重要だと思います。今後も、Decidimなどのデジタル技術も活用しながら、市民との対話をするなかで、市民の皆さんが幸せを実感できるまちづくりを進めていきたいと考えています」と、陰山さんは話しています。

見守りサービスに携わる役所内チームの集合写真
見守りサービスに携わる役所内チーム

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