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地域活性化

「瀬戸内のハワイ」に高速通信 ワーケーションの島へ

山口県周防大島町

地域

山口県

人口

1万人以上5万人未満

温暖、でも人口減…雇用創出や移住拡大への打開策

瀬戸内海に浮かぶ本島と周辺の島々からなる山口県周防大島町は、人口1万4,000人弱(2024年4月現在)。本島は瀬戸内海で3番目に大きな島で、平均気温15度を超える温暖な気候もあり、「瀬戸内のハワイ」と呼ばれています。その一方で、少子高齢化は著しく、ここ10年で人口は約25%減少しました。そんな町で雇用を生み出し、移住拡大につなげる「打開策」として、同町は昨年度から高速通信ネットワークによる、休暇を楽しみながら働く「ワーケーションIsland」構想に取り組み始めています。

1年を通して温暖な気候の周防大島の写真
1年を通して温暖な気候の周防大島

廃校跡の活用策 清水国明さんらのチーム案採用

「周防大島から世界に羽ばたく企業が出てくるというのは将来の夢ですが、まずは地元の雇用や活性化に結びつけたい」

島の中でも本土からみて一番奥にある東端。2021年3月に廃校になった油田小学校の前で、周防大島町政策企画課DX推進班の平田剛班長は、ワーケーションIsland構想の狙いをそう語ります。町を訪れる人は「気候はいいし、自然も豊か。空港からも遠くなく、リモートで仕事するにはいい場所」と口をそろえますが、少子高齢化は深刻です。2024年現在で人口の2人に1人以上が65歳以上の高齢者。町内の出生数は年間30~40人ほどと10年前に比べて大きく減少しました。これに伴い、町内では小中学校の廃校が相次いでいます。そこで、廃校の活用と雇用創出や若者の移住といった地域課題を結びつけられないか、頭を悩ませてきました。

廃校とワーケーションを結びつける最初の一歩となったのは、2021年6月に町が実施した油田小学校の跡地利用についての企画公募でした。利用期間は10年。その間は無償貸与です。複数の企画が集まるなか、「画期的で地元が活性化する」として採択されたのが、タレントの清水国明さんが代表取締役社長を務める「K&Jホールディングス株式会社」が提案する、スモールオフィスとグランピング施設を組み合わせた新たな「ワーケーション施設」の設置でした。

ローカル5Gで「IT企業ならPCあれば仕事できる」

「IT企業ならパソコンがあれば仕事ができる。超高速で遅延なく動き、セキュリティもしっかりしている通信環境があればワーケーションは実現でき、働き方改革にもつながります」

もともと、同町内に所有する無人島でサバイバル体験や宿泊施設などを運営していた清水さんは、そう指摘します。島の奥にある廃校の活用を募ると聞き、すぐに応募。「島の一番奥に人が集まれば、そこに行く途中にも利益が落ちる」。廃校になった小中学校はほかにもありましたが、市部から一番遠い地域を選んだのは、そんな理由だったといいます。

採択後、町と清水さんたちは企画実現に向けて奔走を始めました。予算を抑えつつ、超高速の通信環境をどう整備するか。企画を詰めるなか、多数の端末をつなげられ超高速通信もできる「ローカル5G」という通信環境を利用する案が浮上しました。ですが、「どこから手をつけていいのか分からなかった」と、平田さん。

平田さん

やまぐちDX推進拠点「Y-BASE」に相談したり、総務省のホームページで「ローカル5G」を調べたりするなかで、総務省「ローカル5G等導入計画策定支援」を知り、同プロジェクトに申請したことで2022年秋から専門家の助言を無料で受けられました。これをもとに計画書を作り、「令和5年度地域デジタル基盤活用推進事業」の補助事業に応募し、採択されました。

教室をオフィスに、校庭にはテント 4社の入居内定

実施にあたっては、まず拠点となる旧油田小学校の校舎内にローカル5Gの基地局を設置し、高速で遅延なく通信できることを確認。各教室をスモールオフィスとして活用していく第一歩として校長室からリノベーションして「オフィス」に改造し、校庭には「休暇」を楽しむグランピング用のドームテントを設置しました。

廃校に設置したローカル5G基地局の写真
廃校に設置したローカル5G基地局

基地局設置などに約5,140万円かかりましたが、2,110万円を国の補助で、残りは過疎対策事業債でまかないました。

廃校をリノベーションした拠点施設は「5GワーケーションビレッジSETO」と名付け、K&Jホールディングス株式会社が施設運営のために設立した「5Gローカルイノベーション株式会社」が、2024年6月から入居企業の募集も始めています。「このワーケーションビレッジには実証実験に取り組むベンチャー企業やIT企業などを支援する仕組みもあります。体育館もあり、ここから番組やライブを配信してもいい。将来は、すごいことになりますよ」と、意気込む清水さん。清水さんが代表を務める他の企業や、その人脈を通じ、ウイスキー醸造に取り組む企業など4社が、すでにオフィス入居に内定しているといいます。2025年度に向け、まずは5社誘致、地元雇用5人を目指しています。周防大島町も、こうした誘致企業と協力して地域課題解決を図りたいと期待しています。

リノベーションした校長室

町がワーケーションに補助 ローカル5Gの医療活用も

そこで、周防大島町は2024年4月から、ワーケーションを後押しする施策を始めました。町外の企業の社員を対象に、ワーケーション費用を補助する「周防大島町ワーケーションIsland構想加速化促進補助金制度」を新設したのです。年間予算は300万円。町内の宿泊施設に滞在しながらワーケーションを行った場合、宿泊費や交通費などの費用の一部について1回30万円を上限として補助する制度です。すぐに移住や企業誘致に結びつくものではありませんが、「まずは『周防大島って意外といいじゃないか』と知ってもらうきっかけになれば」と周防大島町政策企画課の中原藤雄課長は期待します。

さらに、設置したローカル5Gネットワークを、オフィスだけでなく、医師不足や観光対策など地域が抱える様々な課題解決に活用しようという構想も走り始めています。

2024年度は、山口県による「やまぐちデジタル実装推進事業」の一環として、設置した5Gネットワークなどを使って、移動型の遠隔診療の実証プロジェクトに取り組む予定です。看護師が診察に必要な機材を搭載した車両に乗車し、油田小学校校庭で病院とネットワークで繋ぎ、遠隔地から診療する試みです。

中原さん(右端)らと清水さん(右から3番目)、平田さん(左端)の写真
中原さん(右端)らと清水さん(右から3番目)、平田さん(左端)

「町ではいま、町長をCDO(最高デジタル責任者)としたDX推進本部を結成してDXに取り組んでいます。県の研修などを利用し、ようやく役場内の各部署からDXに関する相談が寄せられるようになってきました」と平田さん。「整備したネットワークを使ってワーケーションで雇用を創出するのはもちろん、医療などいろいろな分野に活用していきたいと思っています」と話しています。

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