「高知の秘境」 人口350人の村の挑戦
四国のほぼ中央、1,000m級の山々に囲まれた大川村は、人口351人(2024年6月末現在)。離島以外では2番目に人口が少ない自治体です。「高知の秘境」という村公式のキャッチフレーズの言葉通り、中央を吉野川が悠然と横切り、村の94%超は山林。豊かな自然に恵まれている反面、大雨のたびに村のどこかで土砂崩れが発生しており、人口の4割以上を占めるお年寄りはもちろん、「住民を災害からいかに守るか」が大きな課題になっています。
整備から14年 防災無線老朽化で「待ったなし」
「避難指示などを知らせる無線が老朽化し、新たな通信インフラの整備は『待ったなし』という状況にありました」
大川村むらづくり推進課の近藤諭士課長は、総務省の補助事業で、インフラ整備による防災DXに乗り出したきっかけをそう振り返ります。
もともと、村には全居住地区をカバーするOWSと呼ばれる無線ネットワークがありました。2004年に発生した早明浦豪雨による土砂災害で、子ども達が連絡手段もなく孤立した教訓から、2009年に総務省の補助を受けて整備したものです。それ以降、村では吉野川監視用の国土交通省の光ファイバーと、OWSネットワークを改修しながら使い、避難指示などの防災情報や村のお知らせ、議会放送、ラジオのIP再放送などを、各家庭に届けてきました。しかし、整備から14年が経過。改修は部品の製造中止で限界を迎え、老朽化により無線がつながりにくいエリアも出てきました。そこで、これを機に、通信基盤の刷新と、新しい防災システムの整備に踏み切ったのです。
コスト配慮 まずは独居の高齢者世帯から
通信インフラ自体の必要性は、役場内、住民の共通認識だったため、刷新に反対意見はありませんでした。ただ、見積もった初年度のコストは1億円超。これをできる限り抑えたいことに加え、お年寄りが新しいデジタル技術を受け入れられるだろうかといった懸念もありました。
「課題があるのは分かっていましたが、災害は待ってくれません。全世帯をいっぺんにカバーするのは予算的に難しかったので、独居のお年寄り世帯から始めようと、まず一歩を踏み出すことにしたのです」と、近藤さんは明かします。
まず、事業の半額が補助される総務省「令和5年度地域デジタル基盤活用推進事業」の補助事業を申請。残りの半額は過疎対策事業債をあてることにしました。
村内の通信インフラを整備するとともに、独居のお年寄りや要支援者の家に無線でつながるタブレット型電話機を貸与。いちはやく防災情報を届け、安否確認やTV電話による見守りもできるようにする事業です。まず村内の各地区の集会場などに加え、独居のお年寄りが住む45世帯から整備していきました。
通信インフラには、TV電話で動画を送信することを見据え、高速のBWAという無線通信を選択。設置に際しては、OWS時代から整備や改修を請け負い、村内の土地勘もある西日本電信電話株式会社(NTT西日本)に頼みました。村内のほとんどは山林なので、無線局から各家庭に電波をつなぐ中継器は必須です。そのため、費用が極力、かからないよう、少ない中継器で無線がつながる場所を探してもらいました。
TV電話できるタブレット 情報発信も見守り機能も
各家庭に配られるタブレットには、防災などのお知らせを文字情報で伝える機能のほか、緊急時には読後に確認ボタンを押してもらって、安否や情報確認の有無を役場で把握できるシステムを搭載。確認ボタンが押されない場合は、役場や社会福祉協議会から高齢者宅にテレビ電話などを通じて確認を促す仕組みです。
「お年寄りの場合、タブレット使用に抵抗感もあると思うので、地区での集会などのたびに実際に使ってもらって慣れてもらうようにしています」
大川村大藪地区の地区長を務める竹島正起さんは、そう語ります。昨年度(2023年度)の配布以降は、緊急時に高齢者が無理なく使えるよう、地区の住民が「指導役」になり、集会のたびに高齢者も含めたみんなで実際にタブレットを扱う練習もしているそうです。「活用を進めるには、デジタルに慣れていないお年寄りを、地区全体でサポートする仕組みが欠かせません」と、竹島さん。このほか、平時もテレビ電話を通じて顔色や身なり、住宅内の様子を確認することで、健康状態の見守りにも役立つと期待しています。
防災用通信を畜産の省力化などにも活用
また、村では、総務省の補助事業に追加申請する形で、防災サイレンを放送するシステムも刷新。こちらは、サイレン音だけ送信できればよいため、速度は遅いものの省電力のLPWAという無線を使って村全域をカバーしました。
現在、村では防災用に整備したBWAを活用して、カメラを使った牛舎の遠隔監視や、鶏舎の温度や湿度といった環境データを集めて飼育に最適な環境を管理する試みにも乗り出しています。
地域振興の要でもある、黒牛や地鶏の飼育所は山中にあり、居住区から離れています。このため、舎内の様子がリアルタイムで確認できれば、監視や見回りの手間が省けると、期待しています。
各家庭のタブレットをDX推進の土台に
「将来的には、人口の少なさを補うためにも、防災用に整備した新しい通信基盤をフル活用してDXを実現していきたい」と、近藤さん。2024年度中には、すべての居住地区でのBWAネットワークを構築し、全家庭にタブレットを配布する計画です。タブレットには、毎年、少しずつ便利なアプリケーション(アプリ)を加えていく計画で、「いずれは、役場に来なくても様々な手続きができるシステムや、緊急時には音声で避難を促すような仕組み、詳細な天気情報が分かるようなアプリをタブレットと連動させ、住民の生活をより便利に、効率的にしていきたい」と、話しています。